前職は都内のバーテンダー。兼業農家の親が送ってくれる米を「おいしい!」と頬張る子供の姿を見て、奥様の後押しもありUターン就農。米以外に自分が栽培できる作物はないかと就農相談に行き、矢板市の在来品種で補助金制度も充実している「幸岡ねぎ」と出合う。品種改良されておらず栽培が難しいため、手がける人が少ない幻のねぎだったが、挑戦することにした。 ねぎは高温多湿に弱い。特に今年はゲリラ豪雨や連日の猛暑の影響を強くうけた。土壌が湿り過ぎるとねぎが腐るため、急遽排水路を設けたり、気温や湿度の具合によって肥料の窒素を減らしたりとさまざまな対策を講じたが、8〜10月は厳しい月となった。「苦しい時期もあるけれど、時間を自由に使え、自分の名前が記載されたものを購入してもらえることが嬉しい」と語る。 富川さんは幸岡ねぎのほか、10品種の柔らかくて甘いねぎを育てている。「目標は栽培技術を向上させて経営を安定させること。そして幸岡ねぎの知名度を高め、伝統野菜で地域の活性化に貢献して矢板市を盛りあげたい」と笑った。情報を発信し周りを巻き込みながら市場を拡大していくリーディングファーマーを目指す覚悟が、強い眼差しの中に感じ取れた。ほんちょうしょっかん「鹿沼在来そば」は、令和5年に日本地理的表示(GI)保護制度に登録された。「鹿沼在来そば」は、令和5年に日本地理的表示(GI)保護制度に登録された。県内では宇都宮市の新里ねぎに続く快挙だ。鹿沼在来そばは普通のそばと比べ、県内では宇都宮市の新里ねぎに続く快挙だ。鹿沼在来そばは普通のそばと比べ、茎が赤く実の大きさが小粒細身で、甘皮の割合が多く香りも豊か。日光連山の南茎が赤く実の大きさが小粒細身で、甘皮の割合が多く香りも豊か。日光連山の南麓の中山間部で150年にわたり、他種と交配することなく栽培されている。赤羽根さんの畑は山に囲まれた場所にある。受粉役のミツバチは尾根を越えて活動することが少ないため、自ずと行動範囲が限られる。在来種が継承される理由がよくわかった。「今日は朝ゆっくり起きちゃったからさ」と言うが、毎朝6時から仕事をしているそう。今の時期は米の出荷も重なり、毎日朝から晩まで作業に追われる。そして、10月下旬には鹿沼在来そばの収穫が始まる。米の収穫・出荷を終え、そばの収穫・出荷を行い、一息ついたら新年を迎える。1年の流れにメリハリがあるのが、農業の楽しいところだそうだ。取材に同席した鹿沼そば振興会会長の米山さんは「赤羽根さんは適期収穫を厳しい審査を突破したポイント江戸時代に発刊された本朝食鑑に、日光(現在の鹿沼市板荷地区)でソバが栽培された記述がある。さらに鹿沼市史では小粒で細身のコソバが食文化として根付いた様子が記載され、板荷かるたでは「蕎麦は命の基なりき」と詠われている。山に囲まれた地域で栽培されていたことで、他のソバ種と交配せず、在来種として残った。鹿沼そば振興会による種の保存、栽培、流通の一元管理体制の徹底も評価された。守り、収穫後すぐに乾燥させて出荷準備をする。何事も後回しにせず、実直に作業をする。だから鮮度が高く、品質が保たれる。仲間のそば生産者に乾燥機のかけ方や時間をアドバイスし、時には代わりに作業もやってくれる。鹿沼在来そばのけ方や時間をアドバイスし、時には代わりに作業もやってくれる。鹿沼在来そばの『生産・総括』を担う中心人物だ」と厚い信頼を寄せる。そばは乾燥に強い一方で水には弱い。近年突発的に発生するゲリラ豪雨が、そばの品質に影響を与える。同じ圃場内でも水はけにより、部分的に育ちが悪い箇所もでてくるのだそうだ。そして獣害も侮れない。そば畑の周りに約2mの高さの柵を設けているが、柵を飛び越えて鹿が畑を走り回っていたことも。「鹿ならまだ良くてね。イノシシだと体についている寄生虫の種類によっては、そばがダメになるんだよ」と。日々、さまざまな障害と対峙しているが、今年の出来は「いい感じ」だそう。11月9、10日に開催される『第16回鹿沼そば天国』では、新里ねぎと鹿沼在来そばの初コラボも予定。そばとねぎ、最高の組み合わせを食しに出掛けてみては。鹿沼在来そば他県産秋そばこれは購入あるのみですね!ちなみに普通の干し芋も甘くておいしいですよ。Aさんのおやつにぜひ。焙って食べるのおすすめデス。 トチぺちゃ戸崎農園さんの「フィジーモ」に大変興味があります。主人がビルダーを目指して筋トレをがんばっているので、ドライブがてら買いに出かけてみたいと思います。Aさん24
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