第4回田園ウォーキング うつのみや
第4回田園ウォーキング
第4回田園ウォーキングのコースに伝わる、宇都宮市新里町の民話を2つご紹介。
宇都宮市立国本西小学校発行の教材『鞍掛のてんぐ』より
※著作権:宇都宮市立国本西小学校(転載を禁じます)
宗円獅子舞
そのむかし、くらかけ山のふもとに、のどかな村があって、村人たちは幸せにくらしていた。
ある年の夏、日でりがつづき、田畑のさくもつがかれてしまった。
村人たちは、食べものにもこまって、近くの山の木をきっては、町で売った。
もし、これがお役人に知れたらたいへんだ。
『小えだ一本でも ぬすんだ者は、首をはねるぞ。』
という、きびしいおふれが出されていたのだ。
「見つかったら どうすっぺ。」
とみんなびくびくしていた。
ある日、
『おまえたちの村では木をぬすんでいるようだが、あきれたことだ。
あす、役人がとりしらべにまいるが、かくごしておくがよい。』
という 手紙がきた。
だれもが、顔色をかえて 近くの日枝神社に集まった。
「どうしたら よかんべ。」
ひたいをよせ合ってそうだんしたが、いい考えがうかばない。
しまいには、みんな なきだしてしまった。
そのとき、そばにいた男の子が言った。
「権現様におねげえしたら。」
みんな、はっとした。そして、だれからともなく権現様の前まえにひざまずいた。
「権現様、おねげえしますだ。おらたちをお助けくだせえ。だれも首をちょんぎられねえようおねげえしますだ。」
と、村人たちは 手を合わせた。
「おねげえするばっかりじゃあ…。」
「なんか 権現様にしなくっちゃ。」
「なるほと、そのとおりじゃ。」
「そんじゃ 権現様に わしら なにをしたらよかんべ。」
「なんか、ねえかのう。」
その時、村一番の長ろう 熊吉じいさんが、ひざをポンと たたいて いった。
「そうじゃ、この権現様は、獅子舞が大すきじゃ。わしらの わかいころには、よく、獅子舞をして見てもらったもんじゃ。そしたっくれ、かならずええことが あったもんじゃ。」
「そうけえ。そんなことが あったんけ。」
「そんなら、おらたちも、ここで、獅子舞をやって お見せすっぺ。」
「なにとぞ おらたちを お助けくだせえませ。」
このとき、本でんの戸びらのすきまから、うっすらと光がさした。村人たちは、すこし安心した。
でも、やっぱり心配で、その夜はだれもねむれなかった。
あくる日も、朝からお日さまが じりじりやけつくように、てっていた。
村人たちは、おそるおそる村はずれまで、お役人をむかえに出た。かごに乗り、おともをつれてやってきた、いばったお役人。いきなり刀をぬいて、
「子どもと女はぬかして、あとの男たちは、じゅんばんにならべ。みんな首をはねてやる。」
と、いった。村人たちは、まっさおになって、顔を見合わせた。
「権現様、どうぞお助けくだせえ。」
と、なき出す者もあった。
「さあ、はやく 首を出せ。」
と、刀をぬいたお役人が どなった。
そのとき、
ピカッ
と、空が光ると同時に、
ドシーン
という、地ひびきがした。
しばらくして、気をうしなっていた村人たちは、目をさました。あたりを見まわすと、お役人のすがたは、かげも形も見あたらなかった。
「ああ、助かったんだ。権現様が、らいさまをおっことして、おらたちを助けてくださったんだ。」
「そうだ、そうだ。」
と、たがいにだき合って、よろこんだ。
それからというもの、毎年6月の夏まつりになると、村人たちは、権現様にやくそくしたとおり、日枝神社のけいだいで、獅子舞をおどってみせた。
宗円獅子舞は、今からおよそ920年ぐらい前、藤原宗円という人が奥州せいばつに行くとき、たたかいに勝つようにと、いのっておどったというのがおこりだ と伝えられている。
現在、宇都宮市の無形文化財に指定され、毎年3回日枝神社のけいだいでおどりつがれている。
はしかじぞう
むかし むかし、にっ里の村に、おばあさんと、たろうという 男の子がおりました。
おばあさんは、りょうしんのいない まごの たろうを、それは それは かわいがっておりました。
3つになる たろうは、びょう気ひとつ した ことがありません。すくすくとげん気に そだっておりました。
ある日のこと、たろうのかおに 赤いぽつぽつが できました。それは、やがて からだじゅうに ひろがりました。たかいねつも でました。
「あちい よう。あちい よう。」
たろうは、たいそう くるしそうです。
「たろう、しっかりせえ。」
おばあさんは、ねずに かんびょうしました。
3日3ばんすぎても、たろうは、すこしも よくなりません。
4日目の よるのことでした。おばあさんは、かんびょうにつかれて、うとうとと ねむってしまいました。
すると、どこからか、
「たろうを せおって、うらの山を のぼりなさい。どこまでも どこまでも いきなさい。すると、小さな 木のはしがあります。その はしの下を 三かいくぐりなさい。」
というこえが きこえました。
おばあさんは、はっと 目をさまして、あたりを 見まわしました。
だれも いません。
おばあさんは、たろうを せおいました。よみちを かけだしました。たろうのかおは まっ赤で、いきも ハアハアしています。おばあさんは、月あかりを たよりに、休まず のぼり つづけました。
やっと、はしに たどりつきました。おばあさんは、へなへなと すわりこんでしまいました。おばあさんが、
「たろうや、しっかりせえ。」
と こえをかけても、たろうは、ただ うなるばかりです。おばあさんは、力をふりしぼって 立ちあがりました。
「どうぞ、どうそ、たろうを おたすけくだせえ。」
おばあさんは、いのりながら、はしの下を くぐりました。
3さんかい くぐりおわった ときのことです。ふと見ると、くさのかげに、小さなおじぞうさまが 立っていました。
おばあさんは、おじぞうさまのところへ かけよりました。
「どうぞ、たろうを おたすけくだせえ。たろうは、わしの たからものだ。どうぞ、たろうを おたすけくだせえ。」
おばあさんは、手をあわせて いのりつづけました。
「ああ、はらへった。ばあちゃん、なんか くいてえ。」
おばあさんは、おどろいて ふりかえりました。ふしぎや ふしぎ、たろうの かおのぽつぽつも きえていました。
「よかった、よかった。これもみんな、おじぞうさまの おかげだぞ。」
おばあさんは、なんども、おじぞうさまに おれいをいいました。そして、げん気になった たろうをつれて、山をおりました。
それからというもの、このはなしをきいた 村の人たちは、子どもがはしかになると、その はしの下をくぐり、おじぞうさまに おまいりをするようになりました。
いつのまにか、このおじそうざまは、「はしかじぞう」 と よばれるようになったそうです。